私のアルバム

子供の頃のことの断片的な記憶を少しづつ残していきたい。

買い食い

ガールスカウトの帰り道、駅の売店でお友達と買い食いをしているところを母に見つかった。家から遠く離れたところだったので、ここなら大丈夫と油断していたのだが、そういう日に限って、お母さんはバスに乗って駅近くの大きなスーパーまで買い物に来たのだ。

いきなり、首根っこをつかまれて振り向くと、怖い顔をして立っている。

「何してんの」

「あ・・・」

見ればわかるだろうに、もう一度聞かれた。

「だから、何やってんの」

どう答えたのか覚えてない。ただ、母は「お父さんに言いつけるから」とだけ言って、先に帰って行ったのは覚えている。

お父さんにいう。これは私の中で一番の脅しだった。お父さんに嫌われたくない。お父さんにお行儀の悪いやつだと思われたくない。お父さんにだけは言わないで。

見つかったことよりも、父に知れるということだけが私を暗くした。

父の帰りはいつも遅かった。だらしないこと、行儀の悪いこと、卑怯なことを一番嫌う厳しい人だった。機嫌のいいときは、くだらない冗談を言って私たちを笑わせるが、ひとたび品の悪い振る舞いや口の利き方をすると、ピシャッと切り離されてしまう。

「俺は品のない奴は嫌いだ」

私はハラハラドキドキしながら父に近づく。大好きなお父さん。

「ねえ、もう、お父さんに言った?」

「まだですよ。お父さん、忙しいから。土曜日にでも、言うから」

ジリジリ、脅されている私は毎日、暗い気分のままだった。

ある日、珍しくお父さんが早く帰ってきた。金曜日の夜だった。

父は機嫌がいいようだった。外でお酒を飲んできたのか、夕飯は取らず、奥の部屋で一人でお気に入りのジャズをステレオとヘッドフォンで聴いていた。

「ねぇ、今日、いう?お父さんにいう?」

「いいませんよ。いいから早く寝なさい」

明日か。明日・・・。とんちゃんは、暗い部屋で二段ベッドの下の段から上の段の板を見上げる。明日、怒られる。

ガバッと起き上がった。もう、今日、済ませちゃおう。苦しすぎる。

リビングにいるお母さんに「何してんの、寝なさい」と怒られたけど、その前を横切って、奥にいるお父さんの部屋を開けた。

「お父さん、あのね」

父はヘッドフォンを耳からはずし、こっちを向いた。どうした?という顔。

「私は、この前のガールスカウトの時、駅の売店で買い食いをしましたっ。ごめんなさいっ」

言いながら、ボロボロ涙がこぼれた。反省の涙ではなく、緊張感と恐怖の涙。

父は。あの時。父は。明らかに笑いをこらえて私を見た。

「わかりました」

それだけだった。